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インタビュー第3回 楠本 くに代さん(金融消費者問題研究所 代表)

金融の仕組みを知る・学ぶことは、消費者にとって重要である。一方で、金融機関が果たすべき責任とは何だろうか? 当会の基本会員でもあり、貸手責任(レンダー・ライアビリティ)や信任義務(フィデューシャリ―・デューティ)を研究テーマとする楠本くに代さんに聞いた。

 証券業なら根本的な株式投資の教育こそが、信任義務では?

 金融消費者問題研究所 代表 楠本くに代さんP1000384

 

適切な商品の提供、販売時の適合性の原則遵守、誤認させないプロモーション―この3つが信任義務の核

Q  貸手責任(レンダー・ライアビリティ)に関する著書をお持ちですが、研究のきっかけは?

楠本  20年ほど前になるでしょうか。アメリカで突如、貸手に対する訴訟が巻き起こってきました。貸手と借手の間には情報格差があり、貸手は信任義務者の立場にあるのに、その義務を果たしていないのではないか。その情報が日本にも入ってきました。そこで大学院で研究テーマにしたわけです。貸手責任(レンダー・ライアビリティ)には今でも関心がありますし、信任義務(フィデューシャリー・デューティ )が金融機関にとって重要であると考えています。

注:フィデューシャリー・デューティ ⇒ 信頼関係がある場、特別な信頼を寄せられている地位にある者(信任義務者)は、もっぱら他方の最高の利益のために行動すべきであり、自らの利益を追求してはならないという法理。信任義務者には、最高度の忠実義務、信義誠実義務がある。このインタビューでは、フィデューシャリー・デューティを日本語で信任義務と記載する。

Q  信任義務の観点から金融機関を見て、現在の状況をどう思いますか?

楠本  まず信任義務者として疑問に思っている現状が多々あります。

例えば銀行は今、フィービジネスに片寄ってきていますが、これは銀行本来のあり方ではないと思います。丹念に一つ一つの会社を調べて、会社を育てていくために融資をするのが銀行の本来の役割ではないでしょうか。副業で消費者からフィーを取るのが悪いとは言いませんが。

銀行・証券・保険に共通する問題は、まず商品の選択です。消費者に売るべきものがノックイン投信とか通貨選択型の投信であるはずかない。次に、それを販売するときの適合性の原則遵守。この人にほんとに売っていいのか、商品と顧客のミスマッチがないか。そして3つ目がプロモーションのあり方。販売勧誘をしなければ、消費者はその商品を知らないわけですから。新聞広告や雑誌広告、ダイレクトメール、直接の訪問、電話勧誘まで幅広い方法があります。どこまで、どういう商品を、誰ならばプロモートしていいのか。適合性の原則との絡みで考えなければならないでしょう。

適切な商品の選択、適合性の原則遵守、フェアーなプロモーション。この3つをしっかりクリアすることが、信任義務を果たすための入り口になると考えます。

初心者には投資信託よりも株式楠本先生著書

Q  では、証券業の具体的な信任義務について、お話いただけますか?

楠本  まず証券業について、NISA(少額投資非課税制度)が始まって、新しい顧客が入ってきているわけですが、投資信託を初心者に売るべきではないというのが私のスタンス。投資信託は、株式をいくつか集めて、それにいろいろなものが入っています。株が買えるようになってから投資信託ではないか。銀行では株式を扱えませんが、証券業は投資信託も株も売れる。徹底的な株式の教育をして株を売ることが、証券業者のあるべき姿であって、安易に投資信託のフィーに行くのは商品の選択を誤っていませんかと強く言いたい。プロとして株式投資の教育をしてほしい。根本的な株式の教育をすることが、証券業の信任義務ではないでしょうか。

私自身、株を買ってほんとによかったと思うことは、株って面白い。世界の情勢がいかに投資の世界に影響するかがピンピンわかる。証券市場は、もっとも整備され、もっとも守られ、情報も管理されて平等に得られるところです。正常な投資環境の中で、まず投資の経験をするのが消費者にとって望ましいと証券業界は主張してほしい。

ひとつ株が買えるようになれば、次には5つ買えるのでは? 好きな企業を育てるつもりで5つか6つの銘柄を買えば、自分の投資信託ができる。それを私は消費者教育の中ですすめています。日本全国の人が自分で株を買えるようになる、それが、証券市場の正常化と活性化につながると思う。そういう視点で株式の教育をしてほしい。社会的責任として株を買うべきではないか。いい企業を育てましょうと。例えば、コーヒーを飲んだ、おいしかった、値段もリーズナブル、有機栽培…、作っている会社を調べてみよう…と。そんなふうに株式投資の教育はシンプルです。6カ月から1年で消費者は株を買って自分の投資信託を作れるようになるのではないでしょうか。分散投資の観点から言えば10銘柄以上持つのが理想でしょうが、専門家ではないのですから5~6銘柄、10銘柄も持っていればいいかなと。こういう経験を経て、自分でいいと思える投資信託を選べるようになるのだと思います。

Q  株式投資といえば長期投資とよく言われます。株を買った後の売り時はどう考えればいいでしょう?

楠本  株式は余裕資金で買うのが原則ですから、長期投資が基本ですね。その上で、経営方針を確認して、このまま会社を支え続ける意味があるかと考えることを促すような投資教育も必要でしょう。株価が下がったから損切りするという発想ではなく、育てる価値があるかどうか。ないと判断をしたときは見切りをつける、売って、別の会社を育てるという考え方です。

消費者の信頼に応えられる信任義務者、銀行ならではの投資信託があってもいい

楠本先生インタビューカット2Q  銀行についての補足はいかがでしょうか?

楠本  先ほど、銀行はフィービジネスではなく本来の融資を行うべきとお話ししました。私たちが株を買うのと同じように融資で企業を育てるという社会的責任を果たすべきです。ただ、銀行の経営上、フィービジネスをやってはいけないとは言えない現実があります。投資信託を売らざるを得ないでしょう。だとしたらフィービジネスを行うにあたって何が信任義務を損なっているかを徹底的に考えなければいけない。

銀行は、ゆうちょ銀行も含めて、昔から消費者が信頼して自分のお金を預けてきた金融機関です。銀行に預けておけば大丈夫という信頼がある。その信頼に基づいてフィービジネスを行うわけですから、消費者が理解できるシンプルなわかりやすい商品を売るべきです。仕組みがちゃんとわかる種類の商品。自分たちで開発してもいいし、選んで外から取り寄せてもいい。銀行には人材があるはずです。

銀行だからこその投資信託があってもいいですね。どういう商品が消費者に合うのかという議論をしっかりしてほしい。

例えば私がイメージするのは、トピックス連動型。もちろん、消費者教育はちゃんとしなければいけません。トピックスとはこういうもので、これは市場の動き、社会の動きそのものだと。あるいは、20~30銘柄くらいの投資信託。30銘柄なら目を通せます。こういう会社が組み入れられている。100銘柄も入っているとチェックできないし、100を超えたらETFの方が合理的でしょう。30銘柄くらいのわかりやすい投資信託なら私はほしい。銀行で扱える商品の枠組みを狭めるべきだと思っています。

Q  銀行が投資信託を売るときには、適切な商品の提供をした上で、さらに消費者教育をする義務があると…。

楠本  そうです。もともと預金者には、銀行の商品に手数料がかかるという意識がない。しかし銀行で投資信託を買えば、例えば手数料が2.5%なら、100万円購入したらその場で2万5000円が銀行に入ります。この2万5000円を取り戻すのに、どれだけ時間がかかるか考えていますかと。これまでの学校で行っている一般的な金融や社会問題の教育から、もっと実際の商品に即したプロならではの教育を行うべきではないでしょうか。ちなみに銀行の信任義務を問うと同時に私たち(第三者)が行うべき教育の役割もあると思います。

保険販売の際の適合性の原則を法律で義務付け、手数料の開示を

Q  保険はいかがでしょう?

楠本  保険は、法律をもっと整備してほしいと思っています。投資商品の一種である変額保険には金融商品取引法により適合性の原則が求められますが、一般保険は、適合性の原則が法律で義務付けられていません。今回の改正(保険業法等の一部を改正する法律、平成26年5月23日成立)で、入り口(加入時)の意向把握が導入されたのは一歩前進ですが、もう一歩進めて、適合性の原則を義務付けてほしい。保険がもっとも適合性の原則を無視している分野ではないかと思うからです。意向把握では漠然としています。一般保険の適合性は、規制の仕方が難しいとの議論がありますが、固有の適合性があるとしても、それを分析すれば、法制化できるはずです。

保険業界の信任義務は、行政による規制も含めて適合性の原則を一般保険に適用すること、そして手数料の開示。手数料の開示も重要な問題です。自分が払った保険料のうち、どれくらいが手数料なのか。これは商品選択の際の自己判断の目安です。保険にするか、貯蓄にするか、手数料の開示がないと判断ができない。開示しないのは、消費者の選択の権利を無視したことです。

信任義務の一環として消費者教育を。行政と第三者の役割も重要

Q  金融機関の信任義務の一環として、消費者への教育も重要ですね。教育の担い手としては他に誰がふさわしいのでしょうか?

楠本  金融機関が一番ふさわしくあるべきです。信任義務の一環として。しかし、そこにのみ責任を委ねるべきではない。行政と、私たちのような自由な立場の第三者が他の主たる担い手であるべきでしょう。利益の追求がありますから、事業者が100%信任義務を果たせることはあり得ません。事業者だけに教育を任せてはおけない。事業者と、行政と、第三者である私たち。行政は客観的な立場で取り組んでほしいし、第三者の役割は最も重要だと思っています。

 

(2014年7月掲載 担当:坂本綾子)