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『KINZAIファイナンシャル・プラン』2017年1月号に「販売金融機関に求められるフィデューシャリー・デューティーとは」というテーマで寄稿しました。

『KINZAIファィナンシャル・プラン』2017年1月号に「販売金融機関に求められるフィデューシャリー・デューティーとは」というテーマで事務局長の永沢裕美子が寄稿しましたので、ご紹介します。https://store.kinzai.jp/public/item/magazine/A/C/380/

フィデューシャリーという言葉がリテール営業の現場でも度々聞かれるようになりました。2004年に金融に特化した消費者市民グループとして「フォスター・フォーラム」を立ち上げた際に、良質な金融商品の条件の1つとして「フィデューシャリー・デューティーが全うされていること」を掲げましたが、当時、販売金融機関の方々に理解いただくのに苦労したことを思い出すと、隔世の感があります。

フィデューシャリー・デューティーとは

フィデューシャリー(Fiduciary)という言葉は、中世の英国の貴族社会で誕生したと言われています。当時、英国の貴族もこぞって十字軍に出征しましたが、当時の王国の慣習法(様々な地域の慣習を越えた全国共通の慣習法という意味でコモン・ローと呼ばれる。)では、貴族の財産は成人男子しか相続できないきまりとなっていたため、戦死してしまうと、息子が成人に達していない場合は、残された妻子は領地を去らなくてはなりませんでした。そこで考え出されたのが、財産の名義を信頼する友人に書き換え、自分が帰国するまでの間、あるいは、自分が戦死した時には息子が成人する時までの間、財産の管理を彼に一任するという方法でした。これがトラスト(信託)の起源であり、留守中の財産の管理を一任された者の地位をフィデューシャリーと呼んだのです。
ところが、フィデューシャリーの地位に着いた者の中には友人からの信認を裏切り、自分の名義になったことを奇貨として財産を使ってしまったり、中には、約束通り返還せず横取りする者が出てきました。このような場合、通常の裁判所(コモン・ロー裁判所)では、慣習法で成年男子にしか相続権がない決まりである以上、救済することができません。しかし、それでは社会正義に反する場合がでてきます。そこで14世紀の頃から発達したのが、国王の側近による大法官が裁判官を務める大法官裁判所でした。大法官裁判所では、コモン・ローにとらわれず、衡平の観点から判断が行わることになり、コモン・ロー(通常法)とは別にエクイティ(衡平法)という法規範が英国では発展することになりました。こうしてエクイティ裁判所が出した判決が積み上がる中で、フィデューシャリーとなった者が当然に守るべき義務、すなわちフィデューシャリー・デューティーが形成されていったと言われています。
その後、フィデューシャリー・デューティーは、主に米国で、業として資産運用を行う者(ファンド・マネージャー)の職業倫理や行動規範の中核的な理念として発展することとなりました。
現在、米国では、退職口座を扱う証券外務員についても、有償で投資アドバイスを行う場合にはフィデューシャリー・デューティーを課す方向でルール整備が進んでいると伝えられています。英国でも同様の動きがあり、フィデューシャリー・デューティーを負う者の範囲は拡大傾向にあります。こうした動きの背景として、金融商品が複雑化・多様化・高度化する中で、専門的な知識や技能を有する者(プロ)に資産運用に関わる様々な判断を委ねざるをえない状況が生じていると同時に、企業年金制度が確定給付型から確定拠出型へと変わらざるをえないことが関係しているように思います。従来、投資に参加しなかった人たち・参加しなくてもすんできた人たちが投資に参加せざるをえない時代に入ってきていることが、こうした動きと密接に関係しているのではないでしょうか。
フィデューシャリー・デューティーという概念が、上述のように衡平の観点を基本とするエクイティの分野で発展してきたことに鑑みると、フィデューシャリー・デューティーは、今の時代の投資家保護の考え方と言えるのかもしれません。

日本版フィデューシャリー・デューティーの概要

さて、フィデューシャリーという概念は、先述のように英米で生まれ育った概念であり、わが国では、年金運用などに携わる方々は格別、一般にはまだまだ馴染みの薄い概念です。ところが、この言葉が一気にしかも急速にリテール営業の現場にまで浸透した背景として、金融庁が2014年夏に「金融モニタリング基本方針」を公表し、その中で、「商品開発、販売、資産運用、資産管理それぞれに携わる金融機関が、その役割・責任(フィデューシャリー・デューティー)を果たし、資産運用能力の向上に努める必要がある」と指摘したことが挙げられます。
さらに、昨年6月には『日本再興戦略2016』において、活力ある金融・資本市場の実現に向けて新たに講ずべき具体的施策として、フィデューシャリー・デューティーの徹底が掲げられたことも拍車をかけました。金融商品の販売・開発に携わる金融機関に対して、顧客(家計)の利益を第一に考えた行動を、また、家計や年金等の機関投資家の資産運用・管理を受託する金融機関に対しては、利益相反の適切な管理や運用高度化等を通じて真に顧客・受益者の利益に適う業務運営が行われることが喫緊の課題として示されました。これを受けて金融審議会・市場ワーキング・グループでは、「顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)」と表記を改め、その内容について白熱した審議が重ねられ、「顧客本位の業務運営に関する原則(プリンシプル)」(7項目)として取りまとめられました。
  • 顧客本位の業務運営に係る方針等の策定・公表等
  • 顧客の最善の利益の追求
  • 利益相反の適切な管理
  • 手数料の明確化
  • 重要な情報のわかりやすい提供
  • 顧客にふさわしいサービスの提供
  • 従業員に対する適切な動機付けの枠組み

販売の現場で求められるフィデューシャリー・デューティーとは

このように、日本版フィデューシャリー・デューティーの概要は少しずつ見えてきていますが、リテール営業の現場におけるフィデューシャリー・デューティーを具体的にどう考えていったらいいのでしょうか。金融審議会で特に意見の出た2つの論点をここでは紹介しておきたいと思います。
一つは、販売金融機関が受け取る報酬の合理性です。端的に言えば、受け取る報酬の総額が、顧客に提供しているサービスの内容に照らして十分に合理的なものと言えるか、不当に高すぎないかが問題となります。言うまでもないことですが、販売金融機関が受け取る報酬が大きくなれば顧客の利益は少なくなるという関係にあり、本質的に顧客の利益と販売金融機関の利益は相反していると言えます。それゆえに、販売金融機関側には、自分たちが提供しているサービスに対して受け取る報酬は見合った水準か、そもそも、そのサービスは顧客が必要としているものか、といった視点が必要です。例えば、説明資料を重装備にすることによってコストがかかり顧客が販売金融機関に支払う報酬が上がってしまうようなことは、決して顧客の利益に適うものではありません。また、様々な名目で顧客から手数料や報酬を受け取る場合には、それぞれに対してどのようなサービスを提供するのかを説明できることも必要といえるでしょう。
もう一つは、グループ企業の提供する商品を顧客に勧める取引の正当性です。利益相反行為の一つである自己取引に該当することになるため、グループの利益を大きくしようという意図がないことはもちろんですが、何故この商品を勧めるのかの合理的な説明が必要になります。その際、同じカテゴリーに属する、グループ外の運用会社が提供する商品についてもきちんと情報提供を行い、顧客が比較選択できるようにすることが重要となるでしょう。その他、金融審議会では、販売金融機関からの運用子会社への役員派遣の是非についても意見が出ていました。各社の経営判断になると思いますが、運用子会社のガバナンスのあり方について、金融機関の方々が思っている以上に厳しい目が注がれていることをお伝えしておきたいと思います。
最後になりますが、フィデューシャリー・デューティーはコンプライアンスのマターではありません。「金融機関には、法令=金融庁を見て仕事をされるのではなく、顧客を見て仕事をしていただきたい。そうでなければ、日本の金融機関は持続可能な成長産業であり続けることができない。」金融庁がフィデューシャリー・デューティーを言い出したのは、この点にあることをご理解いただくことを、金融審議会に委員参加していた者として、強くお願いしたいと思います。
フィデューシャリー・デューティーの一歩は、「手数料や系列関係にとらわれることなく顧客のニーズや利益に真に適う金融商品やサービスを提供すること」から始まると言えましょう。2017年が本格的な『フィデューシャリー元年』となることを願ってやみません。
筆者プロフィール
永沢裕美子(ながさわゆみこ)
投資信託制度研究家。1984年に東京大学教育学部を卒業後、日興證券に入社。アナリスト業務や資産運用業務に従事した後、投資信託部にて商品企画や制度調査を担当。その後Citibank に移り、Consumer Investments(個人投資部)の立ち上げ等を担当。2001年に退職し、投資信託制度の研究生活に入るとともに、高橋伸子、楠本くに代らとともに当会を立ち上げ、以後事務局長として活動している。2006年にお茶の水女子大学大学院博士課程前期(生活経済学専攻)を修了後、早稲田大学法科大学院(ロースクール)にて学び、2012年に法務博士。現在、金融審議会委員(2009年〜)、国民生活センター紛争解決委員会特別委員(2010年〜)、金融広報中央委員会・金融経済教育推進会議委員(2013年〜)、金融庁参事・金融行政モニター委員(2016〜)等を務めている。消費生活アドバイザー(第27期)として公益社団法人 日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会( NACS)でも活動しており、現在NACS理事。著書として『生涯学習の基礎』(鈴木真理他との共著、学文社、2011年)の他、『くらしの豆知識』(国民生活センター)はじめ新聞・雑誌で金融商品に関する記事等を執筆している。