金融商品やサービスを利用する際に消費者が不利にならないよう、法律による様々な規定がある。さらに、事業者が加入する自主規制機関による消費者保護の仕組みもある。自主規制機関のひとつである日本証券業協会の平田公一さん(常務執行役)に、その成り立ちと役割を聞いた。
消費者も知っておきたい「自主規制機関」の存在と役割 その1
日本証券業協会 常務執行役 平田公一さん
業者団体的な役割と、自主規制機関としての役割のふたつの側面をもつ
Q 最近、消費者に関わる取り組みとして、増えていることはありますか?
平田 ここ数年、取り組んでいる案件としては未公開株詐欺に対する対応があります。未公開株や社債等をかたった詐欺被害が多発しているため、さまざまな取り組みをおこなっています。例えば、各地の消費生活センターから依頼を受けて、相談員の方を対象に実態やルールの説明を行っています。また平成23年からは3か年計画を立て一般消費者への注意喚起と詐欺の未然防止のために、金融庁や消費者庁、証券会社等とも連携し、全国でリーフレットの配布や呼びかけなどの街頭注意キャンペーンを行っています。さらに23年4月には未公開株通報専用コールセンターも設置しています。
Q 未公開株による詐欺は、無登録業者によるものですが、加入する協会員への対応のみならず、一般消費者に向けた取り組みも行っているのですね?
平田 証券会社等の名前が語られたりIPO市場のレピテーションの問題にもつながりますので、直接協会員が関与する案件でなくとも、本協会としては証券会社や金融機関が行う取引の信頼性を確保するために必要であると考えています。
Q 預貯金の比率が高い家計の金融資産を、投資商品にも振り向けようという政策の流れの中で、詐欺被害などの問題も起きています。証券会社等を協会員に持つ日本証券業協会の役割は、ますます重要になっていくと思いますが、そもそもの成り立ちは、どのようなものですか?
平田 戦前、1府県1団体を基準に各地に証券業協会が設立されました。戦後、証券市場が再開されると、それらを束ねる連合組織として日本証券業協会連合会が設立されました。従来、証券業協会は業者と行政機関の連絡機関としての業者団体でしたが、1948年に証券取引法が施行されると、自主規制を主たる任務とした公的性格が付与されましたが、各協会が統合することでさらなる自主規制機能の強化を目指そうとしたわけです。その後、1973年に社団法人日本証券業協会を設立し、東京に本部を、全国に10の地区協会を設置したのが、今の組織の始まりです。もともとは業者団体の色彩が強かったのですが、現在では自主規制機関としての役割がより重要になってきています。
Q 国際的に日本証券業協会のような自主規制機関はあるのでしょうか?
平田 各国に自主規制機関は存在しています。特にかつてアメリカにNASD(National Association of Securities Dealers )という自主規制組織がありまして、日本証券業協会はそれに類似しています。NASDは、業者が集まって主に店頭市場のルールを作ったことが始まりでした。NASDからはナスダック市場が生まれ、その後、ナスダック市場の運営機能が自主規制機能から分離され、さらに取引所の自主規制機能を統合しFINRA(Financial Industry Regulatory Authority)が誕生しました。現在は純粋に自主規制に特化した規制機関となっています。
Q アメリカでは自主規制に関しては組織が分離されたけれど、日本証券業協会では、現在も両方の役割を果たしていると。
平田 そうです。当協会は1992年に、それまでの民法上の社団法人から、証券取引法(現金融商品取引法)上の認可法人に改組しました。金融商品取引法上の唯一の認可自主規制機関です。さらに2004年、自主規制に関わる「自主規制会議」と、業者団体的な「証券戦略会議」の間にファイアーウオールを設け、それぞれ独立して運営するための体制を整えました。
世界的には、ふたつの役割が同居している組織はめずらしいようです。ただ、アメリカでは自主規制機関への加入は義務ですが、日本は強制加入ではありません。そのため事業者にとってみれば自主規制機関だけに加入するのはインセンティブが低いわけです。業者団体的な機能があり、会員の意見を行政や関係機関に要望として伝えますよ、その代り加入した以上は自主規制に服してくださいということで協会への加入が促進されるわけです。現在、国内の証券会社は全社、会員として加入しています。
業者に自主規制ルールを課すことで消費者を守る仕組み
日本証券業協会が行う事業には、自主規制ルールの制定・実施をはじめ、外務員資格試験・資格更新研修の実施および登録、証券取引の苦情・相談、あっせんなどがあり、その目的を「協会員の行う有価証券の売買その他の取引等を公正かつ円滑ならしめ、金融商品取引業の健全な発展を図り、もって投資家の保護に資すること」としている。
Q 投資家保護、つまり消費者保護を目的として謳っています。
平田 本協会では、様々な自主規制ルールを制定し、協会員に守ってもらうことで消費者を保護することとしており、また、自主規制ルールが守られているかの監査も行います。さらに、消費者と協会員との間でトラブルが起きたときの解決手段の提供として苦情あっせんも行っています。苦情あっせんについては、ADR法が制定されたときに関連団体を中心にFINMACという独立組織が設立され、現在はそこに業務委託を行っています。
Q 自主規制ルールの中で、販売の現場で守るべき規則を定めていることは、消費者にも大きな影響があります。
平田 当協会が課している自主規制ルールには、お客様を勧誘するときのルールや実際の売買に関するルール、さらには、顧客資産の保全、広告に関する規制など、さまざまな自主ルールがありますが、これらのルールは協会員の役職員に守ってもらわなければなりません。そのために役職員のリテラシーをいかに高めるかも大事な自主規制業務のひとつです。そこで昨今、本協会では研修強化に力を入れています。研修は、従来は証券戦略会議(業者団体の部門)の下で行っていました。自主規制会議の研修では、当協会が資格制度の提供をしている外務員の登録時、および更新研修まででした。しかし、それでは足りないのではないか、証券不祥事が起き、適合性にあわない販売をするのは、社会人としての倫理意識が低いからだと、2年前からモラル向上のための各種任意研修を自主規制会議の下で行っています。
Q モラル研修の具体的な方法を教えてください。
平田 ケーススタディをたくさん使い、過去に起きた事件で、何がいけなかったのかを徹底して解説します。営利組織として動いているときに陥りがちなケースを取り上げて、ここに踏み込んではいけないといった研修を繰り返し行うことで、協会員の役職員の方の実務に役立つ研修を実施しています。講師は金融庁の担当官や実務に詳しい弁護士の先生にお願いして行っています。それでも事故が起こることがあります。その際には過怠金の賦課、会員権の停止や制限、除名などの処分をします。
Q 業者への監査はどのようにするのですか?
平田 監査では、法令や自主規制ルールが現場で守られているかどうか、1週間くらい協会員に実際に行き、各種帳簿、社内規則や社内管理の体制などを見せてもらいます。協会員のうち会員証券会社だけでも260社。特別会員が214社。当協会の役職員のうち監査を担当するのは約50名。年間100社前後を回ります。監査を行う機関は、当協会の他にも、東証、大証、財務局などがあり、取引所とタッグを組んでの合同検査も実施しています。また、各地区の財務局、証券取引等監視委員会との連携も強化しています。
Q 監査は会員のみならず、特別会員に対しても行うのですね?
平田 そうです。協会員には、会員、特別会員、店頭デリバティブ取引会員の3つの区分があります。会員は、有価証券管理業を行う第一種金融商品取引業者、つまり証券会社。特別会員は、銀行、信託銀行、生命保険会社、損害保険会社などの登録金融機関。そして、店頭デリバティブ取引会員は、まだ0社ですが、金融商品取引法が施行された際に、すべての業務について自主規制機関を置く必要があるということで、当協会が担当することになりました。
法令と自主規制ルールの住み分けについては課題も
Q 協会としての新しい取り組みがあれば教えてください。
平田 金融証券に関するリテラシーは残念ながら日本ではあまり高くありません。証券教育の重要性は今後ますます高まっていくことになります。これまでは、証券界のPRも含めて教育・普及啓発を行っていましたが、純粋な金融・経済教育を促進していくため、「金融・証券教育支援委員会」を設置し、そちらで担当することにしました。学校教育と投資家への様々な情報提供を始めたところです。また、業界としてのモラルを確立していく必要があることから行動規範委員会を立ち上げました。法令でも自主規制ルールでもないが、業界として方向を定める必要があることについては、こちらで取り組みます。直近では公募増資の引受けに関する行動規範を制定したところです。
Q 証券取引に関して、何か新しい傾向はありますか?
平田 個人顧客の複雑でアンフェアな取引が増えています。例えば複数のネット証券会社を使った不正な取引などがここ数年増加傾向にあります。一つの証券会社でこれを見つけるのはなかなか大変です。複数の証券会社をトータルとして管理して初めてこれらの不公正取引が判明します。そこで、本協会が会員の売買管理の指針となる自主規制ルールを作り、証券取引所の自主規制部門が調査し、証券監視委員会が摘発するという連携が図られています。
Q 消費者が、いつも被害者の側とは限らないということですね。様々な有意義な取り組みをなさっているにもかかわらず、消費者からの認知度が低いのは残念なことです。
平田 2011年に証券投資に関する調査を行いました。その中で、日本証券業協会の認知度調べたところ、14.9%でした。消費者への広報活動にも、今後はもっと力を入れていきたいと考えています。Webサイトのみならず、FacebookやtwitterなどのSNSを活用したり、メールマガジンなどで各種情報提供も行っております。
日本証券業協会では、金融・経済教育のための部門「金融・証券教育支援センター」で、消費者向けの教材等を制作し、セミナーも行っている。
Q クラウドファンディング市場が生まれるなど、金融の自由化は今後も進んでいきそうです。自主規制機関の役割は、ますます重要になりそうですね。
平田 自主規制機関に期待されていることは大きいと思います。ただ、法律で規制する部分と、自主規制で行う部分と、どのような住み分けが適切かという点においては、情報提供や取引のツールが多様化する時代にあって、今後、しっかりした議論が必要になるかと思っています。法令で決めるべきことは決め、それでも不足する投資者保護や公正性を確保するための運用を自主規制ルールとして定め、業界でそれを順守する、それが自主規制であると考えています。
*日本証券業協会による「未公開株通報専用ダイヤル」は、0120-344-999
*日本証券業協会の定款・諸規則等は、サイトにて公表されている。
http://www.jsda.or.jp/katsudou/kisoku/
このインタビューは2014年1月に行いました。
(担当 坂本綾子)